東京は明日(2月1日)と明後日(2月2日)が中学受験本番と言えるでしょう。
わが家族にも受験真っ只中が一名おります。よって私も車内広告にすら敏感に反応したりするわけです。赤の背景色に「合格して泣こう」とはインパクト大です。心の中でリピートされるような言葉だなと感じます。
小学校ではインフルエンザが流行っているそうで6年生のクラスは明日の2月1日を前に半数が休んでいるそうです。わたしが中学受験の頃は受験をする人そのものがそこま多くはありませんでした。時代の流れも感じます。
身内の受験、良い結果を願う一方で「落ちる人の痛みも分かる子であってほしい」という願いもあります。少し勉強ができるとそれだけで単純に「調子に乗る」傾向も、12歳だからこそ尚更に有るように思うからです。当時の自分はどうだっただろうと振り返ったりもします。それに取り組んでいる時はそれ自体が「どれほど恵まれているか」など、考えもしなかったです。今覚えていることと言えば、前日に「ガンバレ」と消しゴムのカバーの下にメッセージを書いて届けてくれた男子クラスメイトのことや、発表の14時のわさわさした人だかりの緊張感くらいです。自分が大人になって、身内の子供をの受験をみていて、当時とは別の様々な想いを今はじめて感じています。
いずれにしても受験は人生の通過点です。合格して泣くもよし、おちて泣くもよしであってほしいと願います。子供のイベントでありながら、その一方で近くに居る大人達(特に親と家族)の言動が試されるイベントだとも思います。周りの大人の考え方とそこから発せられる言葉や態度を、子供というのは敏感に感じ覚えているものです。
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